チベット日記


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2001年12月2日(日)

カニ(第2回)

せっかく用意したロードマップを忘れて、相方から白い目で見られながら始まった珍道中。何とか東尋坊付近に無事に着いた二人であったが・・・。

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僕たちは目的地に着くと、その足でまずサンセット・ビーチに向かった。そこでは、カニ祭りという何とも怪しげなイベントが行われていたのだ。何じゃそりゃ。会場に着いて僕たちは、3時間ほど食べ物を口にしていなかったので、まず腹ごしらえをすることにした。そこで僕らが手にしたものは、カニ雑炊とカニラーメン。(!)これがまた何ともいえない味で、まあ、一言で言えば

「・・・マズイ。」

何だろう。言ってみれば大学祭で出すようなショボイもので、そこら辺にいそうな普通の人々が、家族総出でラーメンを作っていた。(笑)後ろの方には、思いっきり「カニラーメンの素」と書かれた袋が山積みされていて、何だかなあーと思ってしまった。これなら自分で作った方が、よっぽど美味いという代物である。

微妙な味のラーメンを食べた後、僕らが次に行った所は、カニの即売場である。以前、僕は北海道でカニを買ったことがあるので、ある程度はカニの値段を把握していたつもりだったが、予想以上に高い。・・・越前カニは高いのか。

あと、もう一つビックリしたことは、かなり小ブリのセイコウカニ(背甲と書くらしい)と呼ばれるカニが、数あるカニの中でもメインっぽく売られていたことだ。セイコウカニはカニ味噌がいっぱい詰まっているらしく、福井の方ではタラバカニなどよりも高級らしいのだ。タラバにせよセイコウにせよ、値段があまりにも高かったので、僕はそこでカニを買うのをやめた。ちなみに、相方は送料込みで一万円のカニを買っていた。(おまけ付きで)ブルジョワだなあ。

その後、しばらくはカニ祭り会場にいたわけだが、雨が降ってきそうだったので、僕たちは少し早めに宿にチェックインをすることにした。今夜の宿は、一見すると寂しそうな所で、インターネットを使って予約をしなければ絶対に行くことはないような場所に建っていた。インターネットで便利ね。(笑)

宿選びは相方に全面的に任せていたわけだが、宿を選ぶに当たって僕が絶対に譲れなかったことが一つだけある。そう。それはやっぱり、カニである。北陸に来てるんだから、カニを食べなきゃねえ。僕は、「もし、飯が不味かったらどうしよう?」という不安を抱えながら、宿へと車を走らせるのだった・・・。

つづく。


2001年12月6日(木)

カニ(最終回)

旅行からすでに3週間以上経過しておいて

「今さら何書いとんじゃー!!」

と怒られそうだが、なにぶん「・・・つづく。」と書いた以上、終わらせないとこちらが気持ち悪いので、続きを書かせてもらいます。それにしても、随分のんびりとした更新である。

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さて、今夜泊まる宿に着いたわけだが、僕たちはまず温泉に入ることにした。朝から車を運転しっぱなしだった僕とって、温泉はカニに続いて待ちに待った瞬間である。温泉は岩風呂とヒノキ風呂の2つあったのだが、まずは、ヒノキ風呂の方に入ることにした。(ちなみに、岩風呂はあとで夜に入りました。)

ヒノキ風呂の窓から見える景色もなかなか良いもので

「そうそう。日本海にはやっぱり猿がねえー。」

・・・ってオーーーイ!!何でこんな所に猿がいるんだよー!実は、宿の隣は水族館で、水族館なのになぜか猿もいたのだ!しかも、こちらからは水族館にいる人が丸見え。ということは、こちらも丸見えということ?まあ、細かい事を気にせずにってことで。なかなか気持ちのいい湯でした。

そして、ついにこの旅行の最大の目的、カ・ニ・さ・ん!

僕達は部屋食を頼んでいたのだが、指定の個室に案内されると早速カニさんがド━━(゚Д゚;)━━ン!と待ち構えているではないか!僕は「しっかり食べてあげるから安心してくださいよー。」と思いつつワクワクして席に座る。すると、そこから出てくるわ、出てくるわの海鮮料理の嵐。カニだけでなく他の海のものがドッサリである。相方と二人で「もう食べれんよねー。」と言いながら、しっかりカニだけは食べ、僕達二人は福井の夜を満喫したのだった。

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翌日、東尋坊などにも立ち寄ったのですが、今回はスペースの都合上、割愛します。福井は名古屋から4時間と近いし、食べ物もおいしいので本当にお勧めです。機会があれば、是非行ってみてください。いろいろありましたが、とても楽しい旅でした。

終わり。(長かった?)


2001年12月13日(木)

イメトレ

F1レーサーは、レースの前にイメージトレーニングで何週もサーキットを走る、という。また、ボクサーも、イメージの中で試合で勝つ自分をイメージを描いて試合に臨む、という。近年、アスリートの中ではイメージトレーニングをすることが、もはや当たり前のようになってきているのだ。

そうなのだ。自分でイメージすることが出来ないようなことは、現実でもすることが出来るはずがないのだ。これは、スポーツに限ったことではない。実生活においても、常になりたい自分をイメージすることが、非常に重要なことだと思うのである。

しかしながら、いざ自分にこれを当てはめようとすると、僕の天性のネガティブ思考がかなり邪魔をするのだ。

「勝利をして喜ぶ自分。」→「いや、勝てるはすが無い。」

「勝利をして喜ぶ自分。」→「いや、そんな上手くいく筈はない。」

堂々巡りである。

それぞれ人には、生まれついての性格というものがあると思うのだが、物事をポジティブに考えられるという人は、実はそれだけで大変な才能だと思う。何かを考える前に成功した自分を思い描いて行動できるというのは、それだけで成功に限りなく近付けるということなのだ。だから、ポジティブに物事を考えられるというだけで、僕にとってはうらやましい。

では、今日から僕もイメトレを始めて、半年後の勝利を手に入れたいものである。


2001年12月17日(月)

名古屋ルミナリエ

みなさんは、もう行きましたか?

僕は、名古屋ルミナリエと勝手に命名してしまいましたが、そのぐらい綺麗でしたねえ。知らない方のためにご説明しますと、今、名古屋駅JR高島屋の正面では、たいへん綺麗なイルミネーションが施されています。といっても、毎日僕は学校のあと通りすぎて行くだけであまり関係の無い話であり、いつもは足早にホームへと向かっていました。とてもじゃないですが、カップルいっぱいのそのゾーンに独りで突入する気にはなりませんよ。下手したら死にます。ショックで。

それで、いつもは通り過ぎていただけだったんですけど、昨日ついに相方と電飾のゲート、くぐってきました。見てきた感想としては、

「いやあー、遠くで見た方が綺麗だったなあー。」

ってオイ!ともあれ、いつもは通りすぎるだけの場所を二人で歩いたのでした。ちなみに、今日の名駅も家族連れからカップルまで、加えてヤンキーもチラホラと、かなりバラエティーに富んだ人達でごった返していました。

さて、イルミネーションを一通り見終わった僕たちは、「もう帰ろうか。」ということになりましたが、その近くのイベント広場みたいな所で、何やら人だかりができていたので行ってみることにしました。すると、ちょうど僕達が会場に着くと、数人の兄ちゃんたちがステージに出てくるところでした。

観客「キャー!%&$#ー!♀♂〆〒!!!!」

と声にならない声で若い女の子達が騒いでいるではありませんか。「んんー?一体誰なんだ?」と思ってよく見てみると、パニクルーでした。「え?」って言う人もいるともうんですけど、それぐらい中途半端な芸能人です。実際、僕たちの後ろのオバちゃん達も彼らが誰なのか分からなかったらしく

「あの人達だれー?(名古屋弁で)まあ寒いで帰ろまい。」

みたいな事を言って帰っていってしまいました。(ちなみに、相方もパニクルーのことを知りませんでした。)

どうやら、彼らは公開ラジオ番組のリハーサルで出てきたらしく、リハーサルが終わると10分ぐらいで控え室に帰って行くようでした。僕たちも、寒くなってきたのでそろそろ帰ろうとすると、これまた丁度、パニクルーたちが通路を通って控え室に行くところで、普通に素で彼らが見られました。相方はパニクルーのことを全然知らないのに、というか今日初めて知ったのに、とりあえず手を振ってました。よう分からん。

パニクルーも見られたし、「じゃあ、帰るべ。」と思ったその瞬間・・・

「&〒♪※#%−−−−−!!!!!!!!!」

とわけの分からん奇声を発しながら、女二人が僕に突っ込んできました。というか、僕は彼女たちの視界に入っていなかったらしく、思いっきり突き飛ばされました。オイオイ、何だよこのネーチャン。「しっかし、そんな人気あるんかねえ、パニクルー?」と思いながら、僕達は名駅を後にしたのでした。何のこっちゃ。

何かまとまりがつかない、というか全然関係ないパニクルーの話になってしまいましたが、名駅ホントにきれいですよ!まだ見ていないという人は、是非一度行ってみてはいかがでしょうか。


2001年12月27日(木)

23才です

ホントにダラダラした更新になってきて、日記と銘打つのが恥ずかしいぐらいになってきた。マジで、月記ぐらいが丁度いいかもしれん。だって、ネタないんだもーん。

ええー。それはさておき。私事ながら先週、私もついに23才になりました。(パチパチ!)というか、「なってしまった。」の方が正しいだろうか。自分でも、まさかこんな情けない23才になるとは夢にも思わなかった。相変わらずマンガも読むし、逆に活字を読むと目眩がするくらいである。体型だけがオッサンになっていくだけで、中身は何にも変わっていない・・・。

「これでいいのか、俺!」

と問い正したいくらいである。マッタク。

しかしなあ。今年23才ということは、来年は24才・・・。年男だ。どうしよう。いや、年男だからって別に意味はないんですけど、何となく「発奮しなくてはっ!」って気が起こりません?・・・起こらない?そうだよねえー。

そういえば、干支で思い出したんだですけど、僕たちの親の世代って、やたら干支のことを気にしません?いや、ウチのオカンだけかなあー?

オカン「誰々さんちのホニャララさんが今度、チョメチョメちゃんと結婚するんだってー。」
オバちゃん「そんで、その人はいくつー?」
おかん「たしかあの子は干支が猿やでー。(と計算する。)・・・30才やね。」

・・・って、何でそこで干支が必要なんだよ!「昭和何年生まれだから、何歳ね。」って言った方が断然早いやん!まったく、意味わからんわー。これってウチのオカンだけじゃないですよね?いかがでしょうか?

ともあれ、来年は僕たちの年である。本当に来年こそはいい年にしたいものですよね。今年の更新は、これで最後かな?まあ、気が向いたらするということで・・・。良いお年を。


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